野ざらし日記

編緝出版×農藝全般「あらたま⦿農藝舎」主人・根津耕昌のblogです。

2015-01-10から1日間の記事一覧

朝(あした)の旅

ある夏の日の夜明けのことだ。 その時分、ぶざまで気儘な野宿の旅の途上にあった私は、山深い村の端をながれる小川のほとりで、寝袋につつまれて眠っていた。寝袋は夜露にしめっていたが、いつしか野宿がなれっこになってしまっていた私は、静かな閑村のはず…

歌集『曠野集』より

歌集『曠野集』(草稿) | 根津耕昌/Kousuke Nezu | note

小説「にごりえ」に見る過渡期の日本文語

言語は常に過渡期にある。過渡期の日本文語について考えてみようという本論の語り出しとしては身も蓋もない話ではあるが、現代においては忘れられがちな、忘れてはならない言語の本質と言えるだろう。 一葉樋口夏子が小説「にごりえ」を仕上げたのは明治28(…

粘菌漫録

以前、家の庭につくっていた菜園で粘菌を見かけることがあった。ちょうど梅雨の時期で、雨が降り、一夜明けたら庭の菜園に粘菌の子実体ができていた。紀州田辺の南方熊楠顕彰館で見た標本そっくりのものが、腐植化しかけた枯葉からポコリ、ポコリと生えてき…

子ども、多品種混植、人力生活演奏機、農藝暦

「子どもが食べようとしない、からだに取り込むのを拒む物にはそれなりの理由があるし、夜泣きするのもそうすることで血液循環と免疫機能を高め、母体から入った毒物、刺激物を排出しようとして泣く」Homo rehabilis――子どもに学ぶ https://t.co/FtfuHhdZWG—…

Homo rehabilis――旅する獣

ヒトが本質的に「旅をする獣」であることは、その歴史と身体的特質が物語っている。長距離を移動しうる二本の足と、海をも越えて旅を続ける為の道具をつくり、山野の獣を屠り、木の実を拾い集め旅の糧とすることを可能にした器用な両の手。ヒトはいつでも深…

精霊について

〈精霊 spirit〉と呼び慣らわされているものの半分は微生物の事であると、いつしか私は考える様になった。 私達の体にも棲んでいるそれらは、眼に映らず、人々の生活に寛いだ雰囲氣、福を齎す者もあれば、病苦を生み悪事を為し、死をまねく者もある。これは…

舞踊的身体と虚構

ミュージカルに特徴的な歌っておどる世界は虚構ではなく、かつてあった、そしてこれから存在するだろう世界を映した写実的表現なのでは、とふとおもう。ミュージカルは過去と未来、ヒトがほんらい的にもった世界をつなぐ架け橋であって、軍事教練的身体に支…

野のすみれ La Pensée sauvage――「野生の思考」にみる和歌の本質

春の野にすみれ採みにと來し吾ぞ。野をなつかしみ一夜宿にける 〔萬葉集一四二四〕山部赤人 フランスの人類学者クロード・レヴィ=ストロース(Claude Lévi-Strauss, 1908-2009)教授のいわゆる〈野生の思考〉を念頭に萬葉集を通読すれば、それが「因果律の…

プロフィール/来歴

根津耕昌(ねづ・こうすけ) ◉物書き/編緝者/デザイナー 1981(昭和56)年、茨城県水戸の生れと言われる。乳児の頃は東京都江戸川区近辺にいた筈だが、記憶はない。もっぱら埼玉県で育つ。都内の高校に進学した時までは幾何数学を好む獣医志望の理科学生であっ…

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