野ざらし日記

編緝出版×農藝全般「あらたま⦿農藝舎」主人・根津耕昌のblogです。

粘菌漫録

 以前、家の庭につくっていた菜園で粘菌を見かけることがあった。ちょうど梅雨の時期で、雨が降り、一夜明けたら庭の菜園に粘菌の子実体ができていた。紀州田辺の南方熊楠顕彰館で見た標本そっくりのものが、腐植化しかけた枯葉からポコリ、ポコリと生えてきているのである。
 粘菌といえば、水木しげる氏の漫画にも登場する「大歳」が粘菌の変形体ではないのか、という話があり、興味深い。大歳は土中から突如出現する肉塊状の謎の生物で一名「肉霊芝」、食すと不老不死を得るとも言う。水木氏の漫画では、大歳に悪戯をしかけた氏が祟りにあってウンコ人間となり、終いには屁となって気化、昇天した。
 大歳の肉霊芝としての側面からは、諸星大二郎氏の名作『孔子暗黒伝』に登場した「視肉」が想い起こされる。視肉は餌を与えずとも自然に地の気をすって成長し増殖する肉塊状の家畜で、崑崙山にいるとされる伝説上の生物。傷付けても尽きることなく増殖すると言う。伝説上の、架空の生物とされているが、粘菌との関連を思うと興味は尽きない。

孔子暗黒伝 (集英社文庫―コミック版)

孔子暗黒伝 (集英社文庫―コミック版)

 話は糞尿に戻るが、ヒトとはモノを食べ、消化し、糞尿を排泄するモノである。極論すれば、いかに良いモノを食べ、良い糞尿を大地に還元できるかが生きている価値と喜びの大半だと言える。排泄された糞尿を下水を通して集め、焼却埋立て処理している現在は狂氣の世界であろう。エコロジー云々をどれだけ言っても、まずはここを改善しておかないと先がない。森で大便してみれば解る。
 森の木陰にしゃがみこんで、一人ひっそりと大便する時の、あの歓び。木の葉を掻きわけ、穴をほってホカホカの大便を落としこむと、それを嗅ぎつけた銀蝿や小さな甲虫が嬉々として飛来し、食事をはじめる。同時に、その場の小さきものども全てが欣喜雀躍して便を分解しだす。生の歓びは、そこにこそある。
 と、うんこについて熱く語ってみる。畑づくりなども、本質はここにあるのだと思う。自分も自然に組み込まれた分解者のひとりなのだ、ということを忘れてはいけない。水洗便所と下水、ゴミ焼却場と埋立て処理場、この一連の流れがわれわれの生の歓びを奪いスポイルする一大装置である事を、ゆめゆめ見失う勿れ。

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