野ざらし日記

編緝出版×農藝全般「あらたま⦿農藝舎」主人・根津耕昌のblogです。

Homo rehabilis――終わらないダンス


 こどもの声を聴くこと。こどものからだの声を聴くこと。大事なものは、すべてそなえて生まれてきている。
 とりかえしのつかないあの事故が起こり、僕らをつつみこむ環境が日毎夜毎に大きな変化を遂げつつあるこれからのこどもは、状況に適応して生まれてくるから大丈夫、という人がいる。僕は非科学的な進化論を信じないし、ヒトが新しい次元に進む、なんて話にもうんざりさせられる。そうじゃなくて、この世にいる誰もが大事なものはもう身につけて生まれてきていて、それに氣づくかどうか。それをこどもが教えてくれる。
 仏陀が生まれてすぐに天と地を指さし「天上天下唯我独尊」と唱えた、という伝説は、彼がこの世の誰より偉大な一人であったという意でなく、世に生まれおちるすべてのこどもが、それぞれに偉大なものをすでに身にそなえているのだ、私もその一人だ、との謂いではないか、とふと思う。
 赤子はからだのすみずみにまで感覚を張りめぐらせ、両の手と足、すべての指、波打つ背骨とそれに列なる骨という骨をうねらせながらダンスを躍る。時に天と地を指さし、すべての骨と骨、筋と筋、肉と肉を巧みに連動させながら恍惚とした表情でこどもは躍り、からだのなかのすべての場所を鼓舞し、死のいざないを撥ねのけ、未来に向けて変化していく。それはヒトがもってうまれた根源的な舞踏の姿で、いまという時を無心に褒めたたえる生命の賛歌だ。
 僕らは誰もが不可思議な舞いをおどる舞踏家として生まれ、日常のふとした瞬間、連続的な意識にぽっかりとあいた隙間を縫ってこの奇妙な踊りをおどっている。悲しみのなかで身を震わせて嗚咽し、苦しみのなかでからだをねじらせ、不規則な吐息をはく。すべてのうごきはいつか歓びに通じる。誰にもならうことのない生命のダンスを、自分自身それと氣づくことなく断続的に舞い、ヒト科ヒト属の動物である僕らはいまも死のいざないを撥ねのけ、未来に向けて変化をつづけている。

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