野ざらし日記

編緝出版×農藝全般「あらたま⦿農藝舎」主人・根津耕昌のblogです。

Pandora note #3 「放射能おばけ」と「査読」

「今の日本には白昼堂々おばけが歩き回っている。」という、どこか文学的な雰囲氣の一文から始まる論考がYahooニュースに公開され、話題を呼んでいます。


放射能恐怖という民主政治の毒 (1)放射線と政治(小野昌弘) - 個人 - Yahoo!ニュース

 イギリス在住の免疫学者・小野昌弘氏が現在連載中のこの「放射能おばけ」に関する記事には、科学と非科学、仮説と妄信という幻が引き起こす問題についてかなり頷けるものがあります。
 ただひとつ、氏の書いたこの記事は、科学論文ではないにせよ人の目に触れるものとして十分に「査読」を経たものなのだろうか、という疑念が残りました。論考のなかで筆者が批判の対象にあげたクリス・バズビー氏のように、筆者が筆者の論理にとって好都合な情報だけを選び、不都合な要素を排除していないことを誰が保証できるのでしょうか。

1998年に、英国のクリス・バスビー氏が率いる反核団体「緑の監査(Green Audit)」が、セラフィールドにおける放射線汚染事故のためにウェールズで低線量の放射線汚染による白血病の増加がみられたと主張した。ウェールズのメディアは、バスビー氏らの報告に批判的ではなく、むしろ氏の調査に協力した。そして、これらの報告は科学雑誌の査読システムを経ることなくメディアを通じてウェールズに広められてしまった。
放射能恐怖という民主政治の毒 (2)英国の経験(小野昌弘) - 個人 - Yahoo!ニュース

科学雑誌に幻が誤って発表されると、この幻を取り除くために他の科学者が相応の無駄ともいえる努力をしなければならなくなる。だから、すべてのまともな科学雑誌は査読という過程を経る。論文を雑誌に掲載するかを、同じ分野の別の研究者が批判的に読んだうえで決定するという過程である。ここで疑念のある点は、具体的に指摘されて、著者はその指摘に真摯に対応することが求められる。
放射能恐怖という民主政治の毒(8)科学者の一分(後編)(小野昌弘) - 個人 - Yahoo!ニュース

 放射能汚染問題にまとわりつく疑似科学の蒙昧をやぶり、科学的思考における「査読」の重要性を説くのであれば、それがYahooニュースの一記事であっても、氏の言うところの「信頼のおける権威たち」によって十分な批判検討を受け、検証されてきた論理であるという事実が根拠として置かれなければ、結局は同じ事の繰り返しになる可能性があります。

整然とした論理の闇

 小野氏が書いた記事の論理は筋道のはっきりとした、多くの人を頷かせる説得力のあるものです。ですが、だからこそ氏が氏にとって都合の良い情報だけを選んで論理を組み立てている可能性、疑念が色濃く残ります。
 理路整然としすぎた論理というものは、論の障害となる要素を排除して組み立てられたものである場合が少なくありません。よって、氏の書いた記事を国内外の多くの識者が「査読」し、批判検討を経た上で改稿して公に問うのが良い、と私は考えます。
 もちろん、氏が論考内において提示した自然科学的思考と、それに基づく「査読」の重要性は確かなもので、今後の日本にとって多くの学ぶべきことを含んでいると感じました。からだの知らせてくる直感と経験則による演繹的判断と、多くのデータの積み重ねと話し合いから導き出されるだろう帰納的判断を、より誠実に、どうすりあわせていくのか。もろもろ自戒の念もこめて、多くの事を考えさせられる論考と言えるでしょう。

(続きは↓のnoteにて公開中です。)


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